土井 ブエルタ完走

土井雪広選手が、ブエルタ・ア・エスパーニャを完走しました!

3週間を闘い抜いた169名がマドリードに到着 祝・日本人初ブエルタ完走(引用元:cyclowired.jp
前日に土井雪広(スキル・シマノ)が「あの幅の広いコースで転んだら笑いものになる」と語っていたほど、2〜3車線の余裕のある道幅が続く大通り。ここで最後の総合争いは加熱しなかった。

チームスカイは常に集団前方に位置していたが、逃げを潰す意思も無く、そして奇襲ペースアップも行なわない。周回を重ねるに連れて、コーボ応援団の歓声が大きくなっていく。

スピードの上がった集団の後方は常に1列棒状。土井雪広は比較的前方で走り続ける。そしてゴールまで2周回を残し、チームメイトと隊列を組んで集団前方へ。最終周回には集団の先頭まで出たと言う。

結局スプリントポイントのボーナスタイムは逃げグループに、そしてゴールでのボーナスタイムはスプリンターに。ボーナスタイムによる総合逆転は起こらなかった。スタッフが慌てて国旗の順番を変える必要はなかった。

初出場のグランツールで、ステージ3勝を飾ってみせたサガン。その3本指ガッツポーズの56秒後、土井雪広がゴールにやってきた。

チームメイトのアルバート・ティマー(オランダ)と健闘を讃えながら、土井雪広が安堵の表情でゴールラインを切る。ゴールの先にある息を取り込み、頬に含んでゆっくり吐き出す。土井雪広のブエルタが終わった。「今日は自分から動くことはせず、チームとしてスプリントを狙う作戦だった。調子は良かったので、ずっと集団の前にいた。コーナーが続くコースなので、集団の後ろでもキツかったと思う。最後は隊列を組んでエーススプリンターを引き上げたけど、結果には繋がらなかった」。土井雪広は最後までチームの仕事をこなした。

「これでやっと解放される!」そう笑う土井雪広は、ここ数日間が最も苦しかったと言う。「特にバスクの2日間が辛かった。暑さにも苦しめられたけど、マドリードが近づいていたこともあり、そのことばかりを考えてしまっていた。マドリードのことを考えると気持ちが緩んで、一気に踏めなくなった」。

4月の怪我をリハビリで乗り越え、レースで結果を残し、グランツールへの出場を掴み取り、そこでチームの役割を果たし、目標の逃げに乗り、日本人初のブエルタ完走。山あり谷あり、波瀾万丈の5ヶ月間を経験した土井雪広は、自身の成長ぶりを実感する。

「精神的に強くなったと思う。またグランツールに出場したい。今回のブエルタはグランツール1年生。2年生に上がれば、気持ち的にもずっと楽になると思う。こうして闘っている姿が、若い選手たちの刺激になってくれれば」。

最終日の夜にマドリードで行なわれたパーティーに参加した土井雪広は、翌日の早朝便でオランダに戻る。オランダで約1ヶ月過ごし、3レースをこなして日本に帰国。10月のジャパンカップにはナショナルチームの一員として出場する。なお、10月にはJ-SPORTSで土井雪広のブエルタ特集が放送される予定だ。

text&photo:Kei Tsuji in Madrid, Spain

4月の怪我、8月の壁の腕つかみ事件を乗り越え、土井ちゃんがブエルタ完走です。
なんか感慨深いですね。

<参考リンク>
土井雪広:公式ブログ、twitter

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